ささえてると思っていたらささえられていた~『口で歩く』

あなたは、他人にささえられていますか?
と聞かれたら、
「?」
と、一瞬答えにつまるかもしれない。
はっきりささえられている部分はここ、
と意識することは普段あまりないもんな。

理屈では一人で生きてるわけじゃないって思っても。

あとがきにある。
生まれつき目も見えず口もきけず、手も足も動かせない少年。
母はいつも話しかけ、
姉は絵本をたくさん読んでやり、
父や兄は外へドライブに連れて行ったりしていた。
少年が短い一生を終えたとき
家族は、
それまで少年をささえていたように思っていたが
自分たちがささえられていたことを知る、
と。

「口で歩く」タチバナさんは、
歩けないので、
長い足のついたベッドのようなものでたまに外へ出かける。
そうして、だれかが歩いてくるのがミラーにうつったら
その人に話しかけて車を押してもらって移動するのだ。

その日最初にミラーにうつったのは学生さんのようです。

「すみませーん!」
と声をかけると、初めはいつもそうであるように
びっくりした顔で立ち止まりました。

いやな悲しい思いをすることもあるけど、
出会いに感謝する良いこともある。

誰もが、まわりにいる大ぜいの人たちとつながって
ささえ合う輪の中で暮らしている。

足で歩いていると気付かないまわりのひとの心の声が
口で歩くタチバナさんには、
聞こえやすいみたいです。

「読売新聞の一面を下から読ませる男」と池上彰さんの対談 『書く力 私たちはこうして文章を磨いた』

竹内政明さんは、自称「名文病」患者

読売新聞「編集手帳」を2017年まで16年間書いていたのが
竹内政明さんです。

以前、雑誌「考える人」で、
「手帳から」という
気に入ったことばを紹介した文章を
読んだことがありました。

飛行機の中で隣りの乗客と喧嘩になって
「表へ出ろ!」と叫んだ話で、
その叫んだ発頭人が
竹内さんだと、記憶違いをしていました。
今回読み返してみて
いまは亡き噺家の春風亭梅橋のことだったと判明。
失礼しました。(竹内さんと知り合いなわけじゃないけど)
竹内さんもそうとう愛酒家らしいです、話の様子からすると。

読む力もほしいけど、書く力ももう少しマシにしたい!
と思って読みました・・・
『書く力』

朝日新書。
読売の人と元NKHの人の対談を朝日新聞から出す
っていう変則的な本になっているようです。

名文病患者直伝わざが山盛り

覚えておきたい、と思うところに付箋をつけながら読んでいくと
いーーっぱい付箋がつくという種類の本です。
とりあえず、ビッグな点だけをここに記録することに。

ピッタリな部品とそれをつなぐブリッジ

池上さんがプロの書き手にタネ明かしさせようと
実際のコラムを題材にいろいろ聞き出しているので
たいへん勉強になります。
編集手帳を書く人は日ごろから
いい表現はないかと
収集の手を緩めない生活をしていることがわかります。

たくさんの部品を集めて集めて
書くテーマに合わせてピッタリな部品をそこから取り出して使う、
部品どうしをつなぐブリッジを上手にかっこよくかける、
という作業がなされているんですねー。
そして、最後に高度な技術を用いておこなうのが
「最後のひとコマの緩み」とか。
一般人としては、納得はできますが実践はむずかしそう・・
でも、そういうコツについて読むのはとても有意義な気がします。

ことわざや俳句

収集品の中にはことわざや俳句も多いようで
我が久保田万太郎のもありました。
「走馬燈いのちを賭けてまはりけり」
いのちを賭けてまわっていた「走馬燈」が
「無残に踏みつぶされた」ときに使われています。

久保田万太郎の俳句は
先に挙げた「手帳から」の中でも
「半夜の歓を尽くす」のところで
「煮凝やいつまで残る酒の悔」が引かれていました。

簡潔、省略を効かせる

戸板康二さんの省略の利いた文章が挙げられています、名人芸として。
そのほか、これ以上ないくらいに短かくして
展開を自然に書いて、簡潔だからこそ良い文章になっている例が
挙げられています。

 

それから、落語の速記本をかなり読んだ、っていうのは
分野違いで意外な感じですが、
話の流れからするとむしろ自然でした。
お芝居・演芸好きの人間からすると、「やった!」なんて思います。

褒めたり、反対に批判したりするとき

褒めたり、反対に批判したりするときは
ストレートにそれと表現するんじゃなく、
「火種をそっと差し出す」と、読み手が「ガソリンを撒いてくれる」
という技も披露されています。
高度。

いろいろ用語集を渉猟

類語辞典、歌舞伎や相撲の用語集、倉嶋厚『雨のことば辞典』とかを
めくって、
気の利いた言葉を探すのは一般の人にも勧められる
ということです。
真似しようと思います。
一つの言葉を覚えたら、それで満足せずに、
多くの表現を知るように努めるのが文章の腕を上げる方法。

たくさんの本を読んで、「自分の中でしっくりくる表現」を
見出していくのは、やっぱりおすすめだとお二人とも認めていました。

いい文章を書き写す

いい文章を書き写すことを
竹内さんみたいな忙しい人が続けているそうです。
そうか・・・
読めばいいじゃん、って凡人は思っちゃう。
でも、言葉のリズムとか、漢字かひらがなか、とか、
句読点つけてるか、とか
読んだだけじゃ見逃していることって多いな、とは思う。
真似したい。
竹内さんは『井上靖全詩集』の『北国』という詩集だそうです。

漢詩や文語文に親しむのもおすすめで
お勉強になっちゃうと続かないから
楽しむのが続けるこつだそうです。
続けないと意味がないんで。

地道な努力、読み手を考えた伝わる表現

もう下品な家具は置けない状態にする

いい言葉を仕入れて使うと、その言葉のまわりの言葉も
良くなっていく。
上品なテーブルクロスがかかった部屋には
もう下品な家具は置けない!
ってこと。
納得。

自慢話はしない

自慢話はしない。
こう書くと当然のことのようなんだけど、
世の中に自慢臭のする文章や言動のいかに多いことか。
「今となってはいい思い出」となっている失敗談が
読み手にもっとも訴えるとも。

以前に自慢臭のしない本として『三文役者あなあきい伝』を
紹介したことがありました>>「敢えて「愛」なんて言葉は使いたくないほどウツクシイ」
自慢臭のしない文章は心地いいです。
これ書いた人と「半夜の歓を尽く」したい、としみじみ感じます・・・

あとがきにもいい表現が数珠つなぎ

「対談を終えて」という竹内さんのあとがきがまた、いいです。
「口の格闘技」である対談をしているうちに
「ポケットの裏地の袋まで引っ張り出されてしまった。」と。

このように、
いやにかぎかっこが多いのは、
竹内さんが使う言葉がどれもこれもすてきなので
他の言葉で表現する戦意を喪失させられている証拠です。

これじゃいけないんですね。
この本を読んだからには、
さらに別の言葉で
もっと気の利いた表現はないかと
探さなければいけないんです、ほんとうは。

これだけしゃべっておいて、自分を「訥弁」と言い、
今宵じぶんの「愚鈍なる舌」を
「酒責め」にすることを宣言して終わっています。

最初から最後まで、付箋だらけになった新書を見て
文章をすこしはマシに書けるようになるため、
まずは、好きな作家の文章をノートに写そうかと。
奇をてらわず一歩一歩。

紙と活版印刷とデザインのこと 『紙と活版印刷とデザインのこと』

表紙に字が何も書いてない。
シンプルなイラストだけ。
奥付けを見ると、
「本書のカバーは活版印刷のためひとつひとつの表情が微妙に異なります。・・・」とある。
装丁はパピエラボ。
著者であるパピエラボの仕事を紹介している本なのです。

パピエラボは、2007年に始まった紙と活版印刷の窓口を併せ持つ店。
便利なものが巷にあふれ、物はお金を出せばなんだって手にはいる時代に、
少し遠回りしてみるのもいい、と思う人たちに向くものを
作り出しているようです。

長年印刷所や活字店を続けてきた人たちの仕事場や人柄が
紹介されるページもある
どの人も、気負いのない態度で淡々と仕事に向き合っているように見えます。
無論、滅びゆくものというレッテルが貼られた時代を
通り過ぎてきた傷跡も背負っているはずだから
それを飲み込んだうえでの気負いなさなのだ。なおさら偉いと思います。

オリジナルアイテム紹介ページを見ると、
ちょっとざらっとした手ざわりのこの本の紙に印刷されると
より映えるものたちが並んでいます。

メンバー3人が出会ったのは、「活版再生展」。
「活版再生展」は、ノンフィクションライター・大平一枝さんが書いた
『かみさま』が縁で開かれたそうで、
大平さんの文章も本書にコラムとしてのっている。
人の手の痕跡が残る紙に書かれたものは、
人の心の深いところに刻まれる、とある。

紙と活版印刷を愛し作り出す動きは、
メールやSNS一色に見える世の中にあって
決して消えることのない力強い動きだ。

「活版印刷だから良い」のではなく、「良いと思ったものが活版印刷だった」
というふうでありたい、と
あくまで冷静に良きものを追求する姿勢も印象的です。

「義太夫を聴こう」と呼びかけるのはなぜ?

橋本治さんの小説の書き方は義太夫?
・・・まさにそうだと、ご本人が答えています。
それがどういう意味かはひと言では説明できませんが、
「ここでテーンと一拍はいる」とか考えて書くことはあるそうです。

義太夫を聞いたことがない日本人は今や多いでしょう。
けど、義太夫は橋本さんが小説を書く方法に影響を与えるほどに
わたしたちの生活のいろんなことに投影できるものです。
いい物は普遍的だ、ということでしょう。

一度も義太夫を聞かずに日本人やってんんじゃない!
なんて乱暴なことは言いたくはありませんが、
義太夫を好きなほうの人間は、
多少暴言ぎみと知りつつ、一人でも多くの人を聞きに行かせたい。

で、今はインターネット上でも義太夫を聴くチャンスがたくさんあります。
どれでもいいんです。
てきとうに選んで。
そうは言っても皆目選べん、という向きには、
メロディーがあって歌のようで聞きやすい
「道行き」がおすすめ。
美しくどこか哀しいメロディー、三味線の迫力、太夫さんたちの美声、
それらを一気に身に浴びると、
日本に生まれて良かった、なんて感じると思います。

それから、特徴は不幸なストーリー満載なこと。
「不幸」と言うと特別なことのようだけど、
わたしたちの毎日だって、
思い通りにならないことの連続です。
希望がかなえられない、
自分の才能のなさにいやになる、
手に入れたいものは手にはいらない。

「不幸」って人生にたった1回という大きなものばかりではなく、
だれもが心に悩みを、入れ替わり立ち替わり抱えているもの。
義太夫のストーリーにある「不幸」は、言わば
毎日なんとかがんばって生きているわたしたちと
重なるお話ばかりなんだな。
義太夫の登場人物たちを見ていると
隣りの人の苦しみもわかろうというもの。

となると、義太夫に臨んでは、
どんなお話かを、理解するのもいいけど、
道行きならなおさら、理解よりは
肌呼吸で行きましょう。
肌から義太夫を吸い込むのです!

「義太夫を聴こう」というタイトルは、
筆者の橋本さんがあるとき「とんでもなく特殊な理由で」
「今は義太夫を聴いている余裕なんかない」
と思っていたエピソードから来ているのではないでしょうか。
そういうときがあった自分だけど、
本来義太夫を流しっぱなしにして仕事をするくらい義太夫愛に満ち満ちているし
古典に接点を持たないなんてもったいないよ、聴こうよ、
っていう気持ちからかな、と勝手に想像しています。

対談に登場して表紙にもなっている鶴澤寛也さん、
じょぎのクールビューティーと紹介されているのを読んだことありますが、
ほんとうに女性も憧れるかっこよさです。

50年後に同じ名で出た本

50年後に、同じ名の人が書いた本を、買いました。
これです。
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左が、50年前、先代のときに出た本。
2016年の11月に、当代の八千代さんの本が岩波書店から
出ていたことを知り、購入しました。
並べてみると、感慨深いものが・・。

舞の修行の苦しいことには当然触れてありますが、
それだけではなく、
小さいときのこと、
祇園で育った環境のこと、
みずから「呑気なお嬢さん育ち」とおっしゃるように、
能と舞の家族の生活のこと、
気取りなく、ざっくばらんな口調で書かれてあります。

先代八千代さんと3代目八千代さんの写真では、
なぜか先代八千代さんが、猫を抱いていて、
3代目の後ろに犬が写っています!
先代は昔飼っていた猫が自分で戸をあけるのが
怖かったせいか、動物が苦手だったというけど、
この猫が、くだんの猫かな~?

・・・まったく話がそれてますが。

18代目勘三郎さん、そのあと三津五郎さんまで
お亡くなりになったときは、しばらく気持ちの整理がつかなかった、
とあります。
同世代として、やはりそうですよね・・

いろんなところに散りばめられた芸のお話は、
肉声から出るものだけに、
とても、深く、素人にもたいへん勉強になります。
「一人の女の物語が仄見えるような舞でありたい・・」とか、
観客の側からしても、納得させられる気がします。

章立てが細かくされているので、
自分の興味あるところから読めますし、
語り口調で読みやすいので、
どんどん読み進んじゃいます。

内容も装丁も、
どちらも美しい本です。
たいせつにしたいです。

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奥付
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生きていく、道は違っても

生きていくうちに、
もともと思っていたのとは違う道を歩いてしまうのは
よくある・・、いやむしろ、ほとんどの人がそうかもしれない。
親兄弟が海に沈んだとき、自分だけ助かった相羽と
お嬢様三姉妹だったのに芸者になった珠生(たまき)が
たどる道も。
この本は、表紙から想像するより骨太で壮絶でした。

 

その時代に生まれたばっかりに

かきつばたが狂い咲きしていた。

広島の町が爆撃されて間もないころの福山市で。

疎開中の「わたし」が知人のうちに泊まったとき、

離れの二階から紫色の花が見えた。

それは、8月15日に終戦命令が出て、

その翌日のことだという。

 

それより数日前、

そこかしこの店で軒下に古ぼけた家財道具を持ち出して

大安売りの札を出しているなか、

「わたし」は、この町も見納めだと思って歩いている。

強制疎開の命令が出たのだ。

 

途中で出会う旧知の人びとも

みんなあきらめ顔でぐったりした様子。

広島で爆撃にあい血だらけになって帰って来た人が

惨憺たる苦しみで亡くなった・・と話す人がいる。

そういう人たちの症状に

まだ病名も名付けられていなかったので

「義勇兵の病気」「不思議な苦しみをする病気」「治療法のない病気」

と言っていた。

そういう日々のなか終戦となり、

「わたし」は疎開仲間の家に泊まっていた。

夜明けごろ目覚めて窓から下の池を見たときに

狂い咲きしたかきつばたの横に

何か浮いているのを見つけたのだ。

人が水に沈んで浮き上がるのは

1週目か2週目にきまっていると

当時人びとは言っていたという。

7日前といえば

ちょうど福山の町が空襲を受けた翌日にあたるのだ。

空襲であわてて家をとび出して

一目散に走ってこの池のほとりまで逃げて来たのか。

やけどと思われる頬のきず。

詳しいことはわからない。

年は二十歳前後、

手拭地の寝間着に赤い伊達巻をしめていたそうだ。

 

かわいそうだとか、戦争は悲しいとかいう言葉は

ちっとも書いていないのに、

読者の心にグングン迫ってくるものがある。

登場人物の会話が

読者をその場にいるように感じさせるにじゅうぶんなくらい

細やかなんだ。

その二十歳くらいの子が引き上げられて

引き取り人が運んで行ったあとの

2ページにみたない記述がまた

この話を忘れがたいものにする効果抜群なんです。

 

感情的な言葉はぜんぜん含まれていなくて

徹底して乾いた文章なのに・・・だからこそ、

心に大きく訴えかけて印象を強くするんです。

この文体はすごいです。

読んで感じてほしいです。

井伏鱒二『かきつばた・無心状』

 

空いた時間に自然と始めることがほんとうに自分の好きなことなのかもしれない

台風できょうの予定が中止になりました。
さて、おうちにいられることになりました。
思ってもみなかった「おうち時間」。

机に向かってふと手がのびたのが
「歳時記」→「久保田万太郎句集」
くらしの中にいる人の一瞬をしみじみと写した俳句の数々。
いつも静かな感動をもたらしてくれる久保田万太郎の俳句です。

やっぱり今の季節のものをまず繰ってみる。

秋の雲みづひきぐさにとほきかな

番町の銀杏の残暑わすれめや(昭和14年9月7日、泉鏡花先生逝去)

きのふより根津のまつりの残暑かな

はつ雁の音にさきだちていたれる訃(昭和29年9月5日、中村吉右衛門、逝く)

秋風や水に落ちたる空のいろ

などなど、
それからそれへ読んでいくと、
いま自分がこうして生きているように
句の中にいるその頃の人たちの息遣いが感じられます。
その人たちがどんな家に住み
どんな服を着て
どんなことを思いながら暮らしていたのか
なんとなく思いを馳せます。

その思いを馳せるひとときが
わたしにとって
心が和むような時間になります。
それはむかしもいまも
人は小さなことで悩みながら生きていたんじゃないか
というあきらめでもあるし。
むかしの家並みや着物を想像する楽しみでもあるし。

だから人の息吹きが感じられる久保田万太郎の俳句がすきなんです。

塀について塀をまがれば秋の風

おりおりの久保田万太郎

「悲しいことがあると

開く革の表紙・・・・」

ではないですが、

季節がうつろうと取り出す書物

ってありませんか?

久保田万太郎の俳句集

って、わたしにとってそういう書物のひとつです。

生きているときは、毀誉褒貶あった人らしいですが、

その作品は、今もわたしたちの心に

さびしいような昔恋しいような感情を持ってきます。

わたしにとっては、一時期、東京の根津に住んでいたころ、

浅草や入谷や根岸をよく歩いたので

そのころの思い出と相まっているな~

と感じます。

 

おりおりの俳句や短文や小説を読むと、

古い時代の東京下町に暮らした人たちの

息づかいが甦ってくるようで、

想像をかきたてられるのです。

静かで慎ましくて身の程をわきまえていて・・

っていうんでしょうか。

そういう暮らしぶりを、忘れないでいたいな、

という感情とともに。

梅が咲くころの久保田万太郎俳句ひとつ。

長火鉢抽斗かたく春の雪

 

当時の役者さんや地方さんたちの消息も出てくるので

そんな興味も手伝っています。

(實川延若、毎日演劇賞をうく)

火をふいて灰まひたたす余寒かな

 

こんなことを考えていると

「もっと古本市に行きたいな~」

という気持ちがにわかに高まってきます。

金曜土曜に労働していると、

なかなか神保町の古書展にも行かれないし~

人生はそんなふうにして過ぎていくのであった・・・

っていう実感です。

 

『現代俳句文学全集 久保田万太郎』の装丁

 

グラス詩画集『蜉蝣』についての文章で蕎麦屋で一合のお酒なんか飲みたくなる

ギュンター・グラスが詩画集『蜉蝣』を出版したことについて、
ある方から聞いて知りました。
そして、その方が朝日新聞に書いた文章を
読ませていただきました。
ドイツ文学について、昔かじったことがあるけれど、
もう縁もゆかりもなくなって30年も経ったので、
読んでもわかる自信なし・・。
でも、日本語なので、いちおう「読む」ことはできたというわけで。

『蜉蝣』のなかには、
「老人になって思い出す自身の過去への感慨がある」
と、書いてありました。

この「感慨」は、もっと詳しく言えば、
後悔というほどではないけど、
渋面になったり、
口元を軽くへの字に曲げたりする種類の
「感慨」なのかなー、と思います。

老人でなくても、わたしくらいでも、
これまで生きて来たなかにいっぱいあるその種の「感慨」。

だけど、そのときそのときで、一所懸命考えて判断してしたことだから、
そんなに自分を責めないでもいい。
現在の自分の身の日常茶飯事に触発されて
過去のたくさんの判断を
訂正しようか、と反省したりしなくていい。
自分の過去へのそういう対し方を
「哀愁」と思わなくたっていいじゃないか、っていう気がする。

そのあたりについて、
少しのお酒と少しの肴とともに、
あっさりと話し合えるような人と、ひととき過ごしたい、
なんて思わされる文章でした。