ごんぎつねは ぐったりなったままうれしく・・・

新美南吉の「ごんぎつね」に
スパルタノート版というのがあって、
それが南吉自身が書き上げたものだということを
知りました。

山根基世『朗読読本』で。

描写がより素朴な印象になっていると。
そういうことをあとから知ると
スパルタノート版には
ここがそういう箇所かもしれない・・
と思うところがたまにあるようです。
ごく普通のふとしたところ。
農村の情景をあたりまえに書いたところ。
いま本が手許にないのですが・・

そのもっとも大きな例が題名に挙げた
最後の描写なのです。

ごんぎつねは死んでしまうのですが、
かろうじて救われる描き方なのです。
作者の目に映っていた風景とか
心の中から湧き出てきた言葉の
発露がじかに読む人の心に染み込んでくる
っていうことは
感動の深さ大きさが違うんだなー
と思います。

鈴木三重吉が「赤い鳥」に載せるのに
手を加えたことは責められないとしても、
元の版はこれ、
というのはずっと大切に味わっていかなけれなならないと思います。