そんな境遇になりたくない、
なんて他人から思われてる人は、
そうなるまでに、いろいろあった。
この当然のことは、多くの人が見ようとしない。
そういう「背後にあるもの」を丁寧に見て
押し付けがましくなく、大げさでもなく、
ほどのよい筆致で描き出した
珠玉の作品が8編もはいっています。
荻原浩『月の上の観覧車』
それぞれ30~40ページくらいの作品なのに、
現在と過去と、その人の思いが溢れるばかりにはいっています。
苦しみに遭って、人はそれまでと変わります。
苦しみに勝ったのか負けたのか、それは、
どちらとも言えないものなのかもしれません。
勝ったからこう、負けたからこう、
とは言えない。
勝つのが良い、負けるのが悪い、
とも言えない。
とくに心に残った、忘れられない作品になるだろう2編はこれらです。
「上海租界の魔術師」
1930年代の上海の、
ヨーロッパ建築のホテルや領事館が並び
人力車や2階建てバスが行き交う活気ある街のことを
語る祖父の楽しそうな様子。
さだまさしの『フレディもしくは三教街』を連想させます・・
そこに生きた青年だった祖父の人生。
ぐーたらと言われ続けた人の背後にあった時代の波と織り成された思い。
思いは、その人とともに彼方へ消えていく、
っていうことを知らされます。
「ゴミ屋敷モノクローム」
最初のほうのゴミ屋敷の描写はコミカルで笑えます。
ゴミ屋敷がみんなそうではないんでしょうけど、
こんな場合もあるに違いない、と思わせる、
ミステリーのようなお話。
ゴミを片付けていって最後に行き着いた謎の部屋とは・・
これを書こうと名前などを確認するためにページをめくっていると
自然と、ずっと読み続けてしまうくらい、
うまいんです。
そして、ある部分ではとつぜんに涙腺を刺激されそうになる
切羽詰まった描写があって。
短編なので、それまで思い込んで読んでいたことを
突然覆されて
「ええっっ!!??」
となることもあって
おもしろくて
8編読み終わるまで本を手放せなくなります。