他人から「かわいそう」「気の毒」と
思われる境遇であっても、
ぜんせんそうとはかぎらない。
これはそんなことを思うおはなしです。
来たくもない家に預けられていやいやながら過ごす少年トムでしたが、
いつしかその家から離れたくなくなります。
それは、ある夜、アパートのホールいちばん奥にあるドアを開けて
裏庭へ出るようになってから。
昼間はそんな裏庭があるはずはないのに・・・
きっかけになったのは、いつも数を打ち間違える古い大時計。
けど、ほんとうに打ち間違えていたのだろうか?
あるときは、13回打った。
それは、間違えたのではなく、
あまりの時間、13番目の時間がありますよ、
と言っていたんじゃないか、とトムは思いつきました。
あまりの時間って、どこに存在しているんだろう?
裏庭で出会った女の子ハティは、どうやら
両親を失った「かわいそうな」子。
挿入される古くから英語圏でみんなに知られているアイルランド民謡
「うつくしきマリイ・マローン」。
魚の行商をしていた美しい娘マリイ・マローンが熱病で死んでしまう内容です。
読み終えると、
人の心の中に生き続ける思い出というものの陰が濃くなります。
そうして、この世を形作っているのは、呼吸して生きている者だけではないんだなー
と確信し、そう思うことがほのぼのとうれしく感じられてきます。
イギリス児童文学作家・批評家ジョン・ロウ・タウンゼンドが
『子どもの本の歴史–英語圏の児童文学』で
「第二次大戦後のイギリス児童文学のなかから
傑作だと思われるものをただ一作だけ挙げろと言われるなら」
という仮定で挙げたのは
この作品だと「訳者のことば」で紹介されています。
ファンタジーが苦手なわたくしですが、
ファンタジーっぽく感じずに
先へ先へ読み進まずにいられない
謎に満ちていてそれでいて荒唐無稽でなく
人間の一生が描かれているおはなしです。