戸板康二さんは、弟子をとらない方で、
年下の人たちのことは、「若い友だち」と呼んでいた。
にもかかわらず、みんながごく自然に戸板さんのことは「先生」と呼んでいた。
かなりの作家のこともさんづけですましていたベテラン編集者も、
「戸板先生」だった。
下咽頭癌の大手術をして声帯を失ったあと、
振動を音声に変える機械で会話していらっしゃった。
講演を兼ねた旅行で、
講演には登壇されず舞台そでで椅子に掛けていらっしゃったとき、
司会の永六輔が、短い挨拶を、と声をかけた。
それに応じて
女学校で教鞭をとっていたときのエピソードを披露。
受け持ちのクラスの教室に意見箱の設置を提案したが、
「戸板先生のことをドブ板と呼ぶのはやめましょう」
という投書が一通はいっただけに終わった、
というはなし。
会場は、この、機械音による「ちょっといい話」に大喝采だった。
後日先生は、
「なにかと引っ込み思案になっていた僕にこういう機会を与えてくれてうれしかった」
と夫人に話されたとのこと。
そのときの、
先生を呼び出した永さんのタイミングと応じた先生の態度、
「見事だった」という。
互いの信頼関係がうみだした雰囲気、
会場の人びとが共有したあたたか味、
などがあったからこその出来事だったのでしょう。
戸板康二さんの人となりが伝わるはなしで、
ご当人はもとより、まわりの人たちのようすも目にうかんでくるようです。
なんのことはない小さなエピソードなんだけど、
読み終わって涙がちょっとにじんでくるような、
いい話です。
いろんな藝人さんや関係の人びとにまつわる、
こういう場面をたくさん切り取って書いてある本なんです。
筆者が見ていた、筆者がその輪の中にいたはなしばかりで、
実感こもり度でバツグンす。
どこを切り取るかで、
筆者のお人柄も じわじわとにじみ出ていて、
読み応えあります。
人と交わるなら、こんな交わりをしたいなー、
と、つくづく思います。